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慶應への国語  井上靖 ━魔法壜━ 2

 私も勘ちゃんのまねをしてみた。魔法びんは私と勘ちゃんの間を何回か往復していたが、そのうちに、勘ちゃんは畳の上に魔法びんを転がした。私もまたそのまねをした。魔法びんは私と勘ちゃんの間を、こんどは転がりながら往復した。

 そうしているうちに、勘ちゃんの手から離れた魔法びんは、私の方へは転がらないで、床の間の柱の方へいったかと思うと、やがて柱にぶつかったとたん、何とも言えぬ静かな、しかし、ただごとでなく複雑な音を立てて停まった。
 二人ともぎょっとした。私はすぐ魔法びんを取り上げた。内部をのぞいてみると、宮殿の建物でも粉々に壊れたようなむざんな状態になっていたが、それより手に取り上げた感じの方がもっとむざんであった。確かに完全に壊れてしまい、もういかんともすることができないといった決定的なものがあった。

 勘ちゃんも、その壊れた魔法びんを取り上げたが、私と同じようなことを感じたのか、いきなり、「うわあっ!」と大声をあげて泣きだした。そして勘ちゃんは泣きながら家に帰っていった。

問 「私と同じようなことを感じたのか」とありますが、「勘ちゃん」はどのようなことを感じたのですか。

 その晩、勘ちゃんの母親が魔法びんを持って謝りにきた。私は勘ちゃんの母親と、私の母親が魔法びんを玄関の上がり口に置いたまま、長い間話しているのを聞いていた。何を話していたかわからなかったが、別にけんかをしていたわけでもなさそうであった。若松園という菓子屋が毎日のように見本を持って注文を取りに来、そして後刻配達してくる仕組みになっていたが、その若松園の菓子がそこには出されてあった。勘ちゃんの母親はそれを食べる時だけ、上がり框に腰を降ろした。

 私の枕もとには、勘ちゃんの母親が持ってきた新しい魔法びんが置かれた。こんどの魔法びんにはひもがついていて、肩にかけてさげるようになっていた。携帯用の魔法びんなのである。勘ちゃんはそれからも相変わらず毎日遊びにやって来たが、魔法びんには手を触れず、遠く離れて坐った。

問 「魔法びんには手を触れず、遠く離れて坐った」とありますが、どうしてだと考えられますか。

 ある時、母が洗面器を持って来て、それに魔法びんの湯をあけ、私の顔をふいたり、手を洗ったりしてくれたりしたことがあった。当時、私たちは洗面器のことを金だらいと呼んでいた。その金だらいの中で石けんをつけ手を洗っている私を、そばで勘ちゃんは見ていたが、そのうちにすうっと立ち上がって、廊下の方へ出て行った。

問 「そのうちにすうっと立ち上がって、廊下の方へ出て行った」とありますが、「勘ちゃん」は何のために廊下へ出て行ったと考えられますか。

 やがて、母は金だらいとぬれた手拭いを持って、廊下へ降りて行ったが、勘ちゃんは廊下へ出たまま私のところへはもどって来なかった。不審に思って、私は寝床を離れて勘ちゃんのところへ行ってみた。勘ちゃんはブリキ製の石けん入れのふたの中央にあいている穴の中に人差指をつっこんで、それを抜き取ろうと真剣な顔をしていた。私は瞬間大変なことになったと思った。私もまた勘ちゃんと同じ経験を持っていた。風呂場で、勘ちゃんと同じように石けん入れのふたの穴の中に指をつっこみ、それが抜けなくなって、大騒ぎして、母に抜き取ってもらったことがあった。

 勘ちゃんは口をとがらせて、やっかいな作業に集中していたが、次第に絶望的な表情になった。私の眼にも、事態が容易にならぬものになっていることがわかった。勘ちゃんの人差指は、穴の中につっこまれた部分を不自然に太くふくらませ、赤くしていた。

 勘ちゃんは指に石けん入れをくっつけたまま、泣きながら階下へ降りて行った。そして母に連れられて、どこかのブリキ屋に、石けん入れの容器を切ってもらいに行った。その時、私も一緒にブリキ屋について行った。勘ちゃんは自分の指からはなれなくなってしまった石けん入れを指にくっつけたまま、家を出、道を歩き、そしてブリキ屋まで行ったのである。この事件から私が受け取ったものは、たとえブリキ屋に行こうが、どこへ行こうが、もう永遠に勘ちゃんの指から石けん入れを取り去ることはできないのではないかという恐怖であった。と同時に、その災難が自分のものではなく、自分に代わって他人が受け持ってくれているのであるというほっとした思いもあり、私は他人の災難と一緒に暮れ方の、ガス燈の灯っている街を歩いて行ったのである。

問 「ほっとした思い」とありますが、この時の「私」の気持ちを答えなさい。

巧みな構成と詩情豊かな作風は今日でも広く愛され、映画・ドラマ化の動きも絶えない。『しろばんば』、『夏草冬涛』、『北の海』は、井上靖自身がモデルの主人公・伊上洪作の、幼少から青年になるまでの自伝的な作品である。『しろばんば』は静岡県伊豆湯ヶ島(現伊豆市湯ヶ島)で過ごした幼少時代の、『夏草冬涛』は旧制沼津中学校の生徒だった頃の、『北の海』は沼津中学卒業後の沼津での浪人生活の1年近くの日々を描いたもので、その日常、あるいは旧制第四高等学校の練習に誘われ、寝技主体の柔道

井上靖 ━魔法壜━

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