開成中 岩崎京子 『花咲か』
開成中 岩崎京子 『花咲か』 無口でぐずな常七が、花や樹木を愛し育てた職人ばなし 江戸時代の駒込を舞台に、少年常七が植木屋に奉公をはじめてから、一人前の植木職人になるまでを描いた長編作品。史実と虚構をとりまぜて、江戸庶民の生活を情緒豊かに語るとともに、自然をいつくしむ少年のナイーブな心情を描いた歴史物語である。 顔を洗いに出ていくと、井戸でさよがぞうきんをゆすいでいた。青梅じまのあわせのすそから、やせこけた足が、赤いというよりむらさきになっていた。 「つめてえだろうな。」 と常七はさよが気のどくになった。井戸っぱたは、一日じゅう、日が当たらないから寒い。 「なにやってんだ。おさよちゃん、おめえ、きょうは休みじゃねえかよ。」 さよは、ぞうきんをゆすぐ手をとめたが、ふり向かなかった。 「おかみさんが言いつけたのかい。ばっかだなあ、休みだって言やあいいのによ。やぶいりだって……」 「あたいにやぶいりなんてない。」 さよがとつぜんしゃくりあげたので、常七はあわてた。守りっ子を泣かせたといわれては、めんどうになる。 「どうしたんだよ、おめえ。おいら、なにかわりいこと言ったかい。ただおさよちゃんがやぶいりなのに働いているからよう。」 「あたいには休みないんだって。」 「そ、そんなことねえだろう。」 さよの家は板橋の農家であった。口べらしのために、茂治の子守りとして奉公にきているのである。十三才といっているけど、とてもそうは見えなかった。せいぜい十ぐらい、お千花のほうがずっと年かさに見える。それがふとって重そうな茂治を一日じゅうせおい、茂治がねて、せなかからはがれると、ぞうきんを持ってはいまわらせられたり、せんたくをさせられていた。 常七は、いつも目を赤くはらしているさよから目をそむけていた。年以上に働かされているのを見るのが、つらかったからだ。なんど。ぞうきんをひったくって、かわりにふいてやりたかったことだろう。自分だけならがまんもできるが、あとでさよが倍も働かされることになりかねない。 「待ってな。」 常七はいそいで、中二階の自分たちのへやに帰ると、ふろしきの底にかくしておいたこづかいのうちから、五文……、ちょっと考えてから、もう五文、つかみだした。 「さよちゃん、これ、おれがためた分だ。これでどっかで買い食いしなよ。」 さよはまっかになった手にのせられたおかねをしばらく見つめていた。 「しまいなよ。ひとに見つかったら、またなんか言われるじゃねえか。」 さよは常七の顔を見あげた。みるみる目がふくれ、なみだがこぼれた。 問 「みるみる目がふくれ、なみだがこぼれた」とありますが、なぜですか。 e: F: e: F: e: F: それを見ると、常七のほうがつらくなって、「いいってことよ。」 と、いそいではなれた。 二月の中ごろのある日、使いにだされたさよが、夕がたになっても帰ってこなかった。夕食のしたくをひとりでしなければならなかったおかみさんは、ぷりぷりおこるし、ほっておかれた茂治は、台所のゆかいたの上にひっくりkかえって泣きわめいていた。 「まったく、どこをほっつき歩いているのかねえ、このいそがしいのに。」 「どこに使いにだしたんだ。」 台所をのぞいた親方が言った。 「王子だよ。」 「王子?なんの用だい、王子なんかに。」 「なんだっていいじゃないか。あたしゃ、お千花の花見の着物をぬってもらっているのさ。それを取りにやったんだよ。」 「また、ないしょでこそこそ作りやがって……。まあ、そいつはいいやな。いつごろでたんだ。」 「おひるすまして、じきだったよ。」 「王子っていやあ、一里ちょっとの道のりだ。どんなにゆっくり謂ったってとっくにけえってる時分だ。」 「王子って、キツネの本場じゃないか。おっかさん、ばかされたんだよ。」 お千花も出てきて言った。それまで目をつりあげ、赤くなっておこっていたおかみさんのほおが、はじめてさめた。 「神かくしだったら、どうする。」 「……」 「さらわれたかもしれない。」 問 お千花が「神かくしだったらどうする。」と言い、重ねて「さらわれたかもしれない。」と言ったことから、お千花のどういう気持ちが考えられますか。 e: F: e: F: e: F: 「いいかげんにしておくれ。お千花はいやなほうにばっか考えるんだから。ねえ、店のもんにさがしに行ってもらっておくれな。ねえ、おまえさん。」 そこで、店の者は三つにわかれてさがしに出ることになった。親方は喜三次を手まねきして、小声で言った。 「もしかすると、うちへけえってるかもしんねえ。すまねえが板橋をのぞいてくれ。うちの者をおどかしちゃいけねえぞ。ことばに気をつけてな。」 問 「(さよが)うちへけえってるかもしんねえ。」と親方が言ったとき、親方はどう考えていたのでしょうか。 e: F: e: F: e: F: 正造は、さよが行って、帰ってくるはずの王子道を、常七はぬけ道の三太郎山のすそをわり当てられた。 「さよちゃーん、さよちゃーん。」 常七は、ほとんどかけるようにして、畑をぬけ、雑木林をぬけ、小さな川をとびこしていった。 ふと、林のおくで赤いものがちらっと動いたような気がした。ほとんどあたりは暮れて、うすむらさきのもやが低くはいだしていたが、一か所だけ西にひらけて、夕日をまともに受けているところがある。そこでまた、ちらっと赤いものが動いた。 「野火かな。」 常七はめをこらした。なんと、それがさよであった。さよは仕立て物のふろしきをほどいて、お千花の着物に手をとおし、ふりそでを胸にあ 、、 わせたり、ふったりして、しなを作っていた。声をかけようとして、常七はやめた。 問 「声をかけようとして、常七はやめた」のはなぜですか。 さよはこれまでいちども赤いものなんか着たことはなかったろう。これからだって着られるかどうか…。しばらく、ああやって着せておいてやろう。 やがて、さよはふりそでをぬぐと、たたんでいるらしかった。ひざをついているので見えなくなったが……。常七はすこしあともどりしてから、 「さよちゃーん、さよちゃーん。」 と呼んだ。林のなかからは顔を赤らめながらさよがとびだしてきた。 この日のことは、さよがキツネにばかされ、林のなかをぐるぐるまわっていたということになって、決着がついた。 問 「決着がついた」というのは、この場合どういうことですか。 岩崎 京子(いわさき きょうこ、1922年10月26日 - )は、日本の児童文学作家。来歴・人物東京生まれ。恵泉女学園高等部卒。短編「さぎ」で日本児童文学者協会新人賞を受賞。1970年、『鯉のいる村』で野間児童文芸賞、芸術選奨文部大臣賞受賞、1974年、『花咲か』で日本児童文学者協会賞を受賞。80歳を超え、児童文学界の大御所の一人である。
)感性の知性化を追求する創造的言語グループSINCE 1987 NET TUTORexpertFORUM (エキパートフォーラム)eF恵比寿本部℡ 090-1732-9873(代表直通) 代表: プロチューター 福田浩 E-mail expertforum1987@mail.goo.ne.jp 携帯mail text10doucoi1@softbank.ne.jp 携帯HP http://k.fc2.com/cgi-bin/hp.cgi/expertforum1987 ・東京都渋谷区恵比寿西2-2-6 ・平日土日午前9時~午後10時どうぞお気軽にお電話またはメールを下さい。 すべては『三教科合格』のためにー過去問国語『満点』を目指す!!
秋は中学入試の『合否』を決する゛天王山゛-秋を制する者は入試を征するといわれる所以です。秋といえば、言わずと知れた徹底した志望校対策に尽きます。と、言っても第2、第3志望校対策も平行して同時進行しなければなりません。その上、最終的な志望校決定の目安になる大手進学塾の合判や学校別合判テスト対策も必要です。しかし、自ら進んでそれらを完璧にやりこなすことはなかなか至難です。だからと言って、塾もそんなにあてにはできません。それらの対策を個人別にはやってくれないからです。秋-最後の追い上げ-ここで、プロチュータの出番です。その効果のほどは絶大です。なぜなら、マン・ツー・マンによる個人対応で上記の対策に対してフォローできるからです。座右の師=プロチュータ-それも、20%の合格可能性を80%にしてしまう゛ミラクルチュータ゛を持つ-これが合格への近道だと断言できます。志望校合格のカギ、それは、徹底した①本命校対策②押さえ校対策③学校別合判対策ができるプロチュータの存在です。キー・ワードは゛一石(師)三鳥(対策)゛!!そして、この秋、ライバルに決定的な差をつけ、゛合格゛の2文字を勝ち取りましょう。 「国語記述」を苦手とする生徒が目立って多くなってきています(朝日新聞平成8年11月10日付)。その理由は今までの進学塾では決定的な学習対策がなされていないからです。 ご存知のように、ほとんどの進学塾の場合、来る日も来る日も「切り張りプリント」と「テキスト授業」です。これでは本番に通用する受験生が育つわけがないでしょう。 そのため、最近の入試では特に御三家・筑駒・駒東中では「国語記述」で合否が決まるとさえ言われています。他の教科では差がつかないからです。また、入試問題では「記述式」が多くなって決定的に差がでてしまうからです。 「国語記述」を伸ばすにはどうすれば良いのでしょうか? それは読書・作文だと言われ、それに反対するつもりはありませんが、入試まであと5か月。もっとすべきことがたくさんあるはずです。 それは、たとえば、開成中なら「論理性と物語の本質」を、麻布・武蔵中なら「物語の本質」を、筑駒・灘中なら「論理性と詩の本質」を徹底的に理解することです。そこから明快な解答が導かれるのです。それを理解した地点で問題を眺めてみると、こんな易しい問題もないことに気づくはずです。 すると、従来、たとえば御三家の国語は6割とれれば合格点といわれてきましたが、私たちの指導からすれば8~9割以上とれても不思議ではないことになります。 御三家レベルの入試はどんな生徒も解いてみなければわからない不確定のものですが、国語における、この2~3割アップが『合格』をより確実なものにするでしょう。難関校では、誰しもよくできる算数や他の教科では差がつきません。指導法が、確立しておらず、知識のつめこみが役に立たない国語記述で合否が決まるのです。 ここでは徹底した発想力・思考力の養成と学校別対策集中指導で他の受験生と国語記述力で決定的な差をつけます。 国語記述は短期では差がつかないとあきらめている人も多いでしょう。なるほど知識、特に漢字の学習ではそれが言えるかもしれません。しかし、これだけ毎年傾向が同じ入試問題では対策の方法というものが確実にあります。 それは感受性とか直観力という曖昧な問題ではなく、あくまで科学的に分析できるものであり、考え方と発想の方法を教えることで短期に習得できるものです。それぞれの進学塾が各学校の入試問題に対する模範解答を出していて、それを見ると各進学塾のレベルが手にとるように分かってきます。 とりわけ、御三家の国語問題に対する「記述解答」には驚かされます。これでは合格できないであろうと思われるようなもの、あるいは、逆に子供が到底書けないような高度なものが堂々と出されています。ここでは、子供が考えられ、書ける。しかも、合格し得るレベルで指導します。
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