expertFORUM 中学受験家庭教師-『塩狩峠』-国語専科
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三浦綾子 『塩狩峠』
他人の犠牲になんてなりたかない、誰だってそうさ---そうだろうか、本当に?
結納のため、札幌に向かった鉄道職員永野信夫の乗った列車は、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れて暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。
明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らを犠牲にして大勢の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。新潮文庫の100冊。
夕食の時になって、雨がぽつぽつ降りだしていたが、七時をすぎたころには、雨に風をまじえていた。
「おかあさま、ぼくこれから学校に行ってもいい?」
「まあ、これから学校にどんな用事がありますの」
菊はおどろいて、信夫をみた。
「つまらないことなんだけど……。そうだ。行ってもつまらないことだから、やめようかな」
問 「つまらないこと」とありますが、何がつまらないことなんですか。
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「なにかあるのか」
新聞を見ていた貞行が顔をあげた。
「高等科の便所に夜になると女の泣き声がするんだって。みんなで今夜集まって、それがおばけかどうかみるんだって」
「まあ、おばけなんて、この世にいるわけがありませんよ。そんなことで、こんな雨ふりに出かけることはありませんよ。ねえ、あなた」
菊はおかしそうに笑った。貞行は腕を組んだまま、少しむずかしい顔をしていた。
問 貞行が「腕を組んだまま、少しむずかしい顔をしていた」のはなぜですか。
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「ええ、ぼく、いかないよ。こんなに雨が降ってきたらだれも集まらないのに決まっているから」
「そうか。やめるのはいいが、信夫はいったい、みんなとどんな約束をしたんだね」
「今夜、八時に桜の木の下に集まるって」
「そう約束したんだね。約束したが、やめるのかね」
「約束したことはしたけど、行かなくてもいいんです。おばけがいるかどうかなんて、つまらないから」
こんな雨の中を出ていかねばならないほど、大事なことではないと信夫は考えた。
「信夫、行っておいで」
貞行がおだやかにいった。
「はい。……でも、こんなに雨が降っているんだもの」
「そうか。雨が降ったら行かなくてもいいという約束だったのか」
貞行の声がきびしかった。
「いいえ。雨が降って時はどうするか決めていなかったの」
信夫はおずおず貞行をみた。
「約束を破るのは、犬猫に劣るものだよ。犬や猫は約束などしないから、破りようもない。人間よりかしこいようなものだ」
だけど、たいした約束でもないのに。
信夫は不満そうに口をとがらせた。
「信夫。守らなくていい約束なら、はじからしないことだな」
信夫の心を見通すように貞行はいった。
「はい」
三浦綾子 『塩狩峠』新潮文庫(シオカリトウゲ)
三浦綾子(ミウラアヤコ)(1922-1999)
旭川生れ。17歳で小学校教員となったが、敗戦後に退職。間もなく肺結核と脊椎カリエスを併発して13年間の闘病生活。病床でキリスト教に目覚め、1952(昭和27)年受洗。1964年、朝日新聞の一千万円懸賞小説に『氷点』が入選、以後、旭川を拠点に作家活動。主な作品に『泥流地帯』『道ありき』『天北原野』『銃口』など。1998(平成10)年、旭川に三浦綾子記念文学館が開館。63刷、250万冊のロングセラー。
東京生まれの永野信夫は、十歳になるまで祖母のもとで育った。母が「ヤソ」であるために祖母に疎まれ家を出てしまったからだ。祖母の死後に母との生活が始まるが、やはり宗教観の違いに戸惑う。やがて友人吉川の誘いで北海道に渡り鉄道会社に勤めるようになる。明るく振る舞うふじ子や町で出会った伝道師の生き方に魅せられ、キリスト教を受け入れるようになる。 敬虔なキリスト教徒になった永野はふじ子と結婚を約束、結納のために札幌に向かう。事故は結納に向かう列車で起きたと設定、小説は悲しみを募らせる。
「遺言で長野さんの手紙類はすべて焼き捨てられていたんです。でも長野さんの生き方に思いが深かったんでしょう。悩むことな、とどまることなく、連載を完結しました」と夫の光世は言う。
著作の多くは口述筆記で仕上げられたが、「塩狩峠」はその最初の一冊であった。
「塩狩峠は三浦文学の基調をなすものです。愛や犠牲死は三浦さんが訴え続けたテーマでした。それを率直に分かりやすく。だから心を打つんです」(by 三浦綾子記念文学館高野斗志美館長)
そんな思いが通じて「塩狩峠」は文庫本で63刷、250万冊 のロングセラーを続ける。(by 名作の舞台 鯰のひとりごと)
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